空気もしっとりと湿り、梅雨本番の風情がただよう昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか。洗濯物を干すチャンスも少ない中、ふいに暑い日も重なり、何かとご辛抱されているかと存じます。

当山では、先日の大雨で排水溝が詰まり、駐車場のそこかしこに池ができてしまいました。現在修繕をお願いしております。

雨続きの為いきおい休日は室内で過ごすことが多いのですが、最近「美輪明宏(みわあきひろ)」様の映像を拝見したことがきっかけで、三島由紀夫原作「永すぎた春」という映画(1957年)を鑑賞いたしました。美輪明宏さんはシンガー役で登場されます。

今から62年前の作品です。ジャンルとしては恋愛もの、「司法試験合格まで結婚延期」という婚約をしたカップルが様々なトラブルに見舞われる筋立てです。

1970年代の「一億総中流時代」以前の時代なので、家庭同士には歴然とした格差があります。川口浩さん演じる郁雄(いくお)は東大法学部の学生、父親は会社の重役で、家に住み込みの家政婦さんがいる程です。若尾文子さん演じる百子(ももこ)の家庭は学生街の古書店ですが、互いの家格を比べて卑屈になることもなく、溌溂と店の切り盛りをしています。立ち居振る舞いや話し言葉もとても美しく、思いやりや賢さのにじみ出る娘さんです。いかにもお姑さんが宿敵に回りそうなところですが、当初反対はしていたものの、いざ婚約が決まった後はサッパリしたもので、世話焼きで親切なところも見せてくれます。

さて、長い婚約時代、親やお互いの目の届く時間ばかりではないので、主人公二人は様々な誘惑や落とし穴に晒されます。郁雄は生真面目さや親友の手助けで、百子は持ち前の機転でピンチを乗り切ったり、そうかと思えば心が通じ合わず喧嘩になったりして、観ていてハラハラし通しです。百子の兄は作家志望という体で毎日ブラブラしているのですが、ひょんな縁で貧しい母子家庭育ちの看護師と恋に落ちます。先述のお姑さんの世話焼きで話がまとまりそうになるところ、看護師の母親の企みにより、百子は最大の危機に襲われることになります。結末を書くことは控えますが、思わず涙が浮かぶ場面もありました。

さて、この映画を通じてしみじみ感じたのは、「時代によって変わるものもあれば、変わらないものもあるのだ」ということです。

私が今までぼんやりと想像していた62年前の世界というのは、母や祖母や周囲の方々の言葉や、当時を描いた作品、またフェミニズム運動を通じたものでした。「昔の女性は経済的な自由がなく、結婚相手も親に決められ、嫁いだ後は暴力にも耐えねばならず、牛馬のごとき無償労働で、報われることもない」という辛い気持ちをお聞きすることもありました。そのため、私自身も昔の作品よりは、現代アメリカの作品に憧れる傾向がありました。ところが、この映画の女性は皆それぞれ辛いことがあっても、明るく過ごしているように見えます。あくまで男性の描いたフィクションではありますが、映画として残るほど世に受け入れられたストーリーです。現代ほどではないけれど、自由になることもあったのだなと感じました。

くすりと笑えたのが、お姑さんが外のお付き合いでは「ザーマス言葉」で話しているのに、家の中ではコロッと気さくな言葉遣いに変わるところです。昔の方は「家の外と内」の区別がはっきりしていたのだな、と感じました。私の母も外と内での言葉遣いがだいぶ違ったため、子供の頃は「外面を取り繕って」いるように見えたものですが、1957年当時私の母は5歳です。こういう時代の雰囲気の中で育ったのだなと改めて思い直しました。

一方、「変わらないもの」と感じたのは「人はみな凡夫(ぼんぶ)なのだな」ということです。「凡夫」というのは浄土宗の根本にある言葉で、「取るに足りない者」という意味ではなく、「仏様のように完璧にはなれないわたしたち」という意味です。どんなに時代が変わっても、私たちには大なり小なり「欲」というものがあります。世の中を良くする使命感のような欲もあれば、身勝手な欲もあります。「このくらいいいじゃない」と言えるような欲が周囲を巻き込み、トラブルになることもあります。「良かれと思って」が裏目に出ることもあります。何かと思い通りにならないこの世の中で、仏様のようにすべてを見通し、完璧に自分を律することができる人などいない、というのが浄土宗の教えです。

そして、皆が完璧になれない凡夫だからこそ、お互いしょうもないところもあるよね、と認め合って生きていきましょう、どうしようもないことが起こることもあるけれど、お念仏を通じて辛い気持ちを阿弥陀様におゆだねし、何とかふんばって生きていきましょう。という心構えが浄土宗の根本です。

この作品の登場人物も皆愛すべきところの沢山ある凡夫ですし、私自身も「昔はこうだったに違いないという思い込みを持っていた」という点で凡夫です。実際に見たり聞いたりしないと分からないことが沢山あるのだと学ぶことができました。今後も、色々な方のお話をより深く伺う姿勢で法務に臨みたいと心に留めた次第です。

皆様におかれましても、よろしければ「今まで触れてこなかったジャンルの作品」をご覧になってみてはいかがでしょうか。気の沈みがちな季節ですが、皆様がより心豊かにお過ごしなさいますよう、お祈りいたしております。

合掌