greeting01当山は清涼山松光寺と号し、開山の時期は、有名な桶狭間の戦いの翌年、永禄4年と伝えられております。
当初は芝西久保巴町(現在の虎ノ門1丁目)に建立されたと言われておりますが、時は徳川家康の入城前、江戸はいまだ関東の一寒村に過ぎず、江戸湾は日比谷付近まで湾入しておりましたので、開山時は浜辺の祠堂というのが、初期の姿でありましたでしょうか。

その後、慶安年間に高輪の地に移転いたしまして、細川家と上村(カミノヤマ、蔵王の麓の地)松平家の、江戸の菩提寺として両家の支援の下、一時は寺侍30人を抱えるほどの隆盛を極めたと言われております。

しかし、その後の廃仏毀釈や、大名家の没落などにより、当山も衰微に向かい、当時の住職が病を得たことにより、更なる困窮にさらされました。
十九世、與芝眞雄上人(現住職の父)はこれを憂え、医師として近隣に開業し、医業収入をもって寺院環境を整備いたしました。
現住職もこの志を受け継ぎ、医業の傍ら墓地の改修に努めて参りました。
おかげさまで、長きに渡り当山を支えてくださったご仏縁の皆様のご厚情もあり、平成に入りて、暗かった墓地も近代的で明るいものへと生まれ変わることができました。

現在、長女が副住職として法務を補佐しており、今後も安定した運営が期待されます。

当山は浄土宗の寺院であり、ご本尊は阿弥陀如来です。
阿弥陀様は、俗世で苦しむ大衆の救済を本願とする仏様であると言われており、
阿弥陀様に寄り添う観音菩薩様と勢至菩薩様は、それぞれ、慈悲と智慧を表す菩薩様です。
これは、智慧と慈悲の心があいまって人を救うことができる、ということを示しているように思います。
このお二方のありようを通じた医療人としての心構えを志とし、今後とも副住職とともに、法務に勤めていく所存です。

皆様の、よきご仏縁をご祈念いたしまして。

合掌