聖号十念

早くも年の瀬でございます。久方ぶりに東京駅の地下街へ出かけたところ、大変なにぎわいぶりに驚きました。午後2時を回ろうかというのにどのレストランもお客さんが鈴なりで、ショップには行列ができています。「みんなずっと我慢してきたんだね」と家族と頷きあっていたものが、実は東海道新幹線が停電で止まっていたからだったというオチがつきました。

一方、自宅の近くのショッピングセンターにピンク色のポインセチアとサンタクロースが飾られていました。昨年は「キリスト教はモチーフを使ったアピールがうまいなあ」と考えていただけだったのですが、欧州の方から「カソリック国ではこのような祝い方はしない」と聞き、「日本はどうしてこうなったの?」と簡単に調べてみました。

日本初のクリスマスは、戦国時代にフランシスコ・ザビエルが持ち込んだものですが、江戸時代はキリスト教が禁じられていましたので、明治時代になってから復活したようです。1905年、日露戦争に勝利したことにより、日本中がお祭り気分となりました。当時の新聞は浮かれるなよと警鐘を鳴らしています。その後1926年の12月25日に大正天皇が崩御され、その後20年ほど12月25日が祝日になりました。クリスマスイブは「次の日休みだから飲みに行こうぜ!」という日になり、毎年各地でどんちゃん騒ぎが行われるようになります。当時の新聞は警鐘を鳴らしていますが多分もう聞こえていません。社会の木鐸とは一体。

そして終戦後、アメリカからプロテスタント流のクリスマスが持ち込まれます。二度の大戦で一度も戦火に見舞われなかったアメリカのクリスマスはとんでもなく豪華なものでした。日本も戦後の大復興にともない、各業界が「家族でご馳走を食べ、子供に何かをプレゼントする日」としてクリスマスを大いに盛り上げます。「今まで貧しかった分、自分の子供には良いものを買い与えてあげたい」という親心に叶った風習だからこそ、一気に広まったのでしょう。バブル期には恋愛結婚真っ盛りとなり、バレンタインデーとともにカップルのためのイベントとして定着しました。

私は氷河期世代なのでずっと不況が当たり前だったのですが、それでも各業界の企業努力の下支えにより、平成時代には様々な行事が増えてきました。私が子供の頃「なんだこれ」と思っていた恵方巻もハロウィンも、今ではすっかりお祭りイベントになっていますね。クリスマスが終われば除夜の鐘、お正月はお年玉に初詣と年末年始は神仏イベントが目白押しです。

欧米から見ると不思議なことなのでしょうが、七福神の記事にあるとおり、日本は昔から海外のいいとこどりが得意な国です。私の実家は寺院ですが、「他宗の祭りを祝ってはいけない」という決まりはありません。他の宗教を滅ぼさないのが仏教のいいところでもあります。

とはいえ、光あるところに影があるように、お祭り騒ぎがあればそこに乗れない人たちが生まれてしまうのが、私たちの生きるこちらの世の切ない所です。キラキラと充実し、若さや美しさを満喫している人と自分を比べ、みじめさや寂しさを感じている方もおられるでしょう。「どうして自分は愛されないのだろう」「自分は人と比べて劣った存在なのか」というお悩みもあるかと思います。

そうしたお悩みに対し、「今はね?」と声をかけてくださるのが阿弥陀様という仏様です。「今は」パートナーがいないかもしれないが、この先は分かりません。今まで寂しい辛い思いをしてきた分、ご縁のできた方のありがたみがわかる人になれる可能性だってあります。「今は」他の人より劣った存在のように感じられるかもしれませんが、この先の世の中は一人でもご機嫌に暮らせる人の方が生き延びる確率が高いことだってありえます。インターネットは世界中を覗くことができるツールでもありますが、ネットで見られる映像がこの世の全てではないのもまた事実です。

2022年は本当に色々大変なことが多い年でした。皆様それぞれのお立場ご事情で、苦労されたり傷つかれたり、逆に喜びもあったり、様々なご経験を重ねられたかと拝察いたします。

きたる2023年こそ、佳い報せに恵まれますよう、吉祥を祈念しつつ本年最後の記事とさせていただきます。合掌

神力演大光 普照無際土 消除三苦冥 廣済衆厄難 南無阿弥陀仏

(阿弥陀さま、どうぞこの世に生きる私たちをよろしくお願いいたします。仏様の神通力が大きな光となり、全ての世界をあまねく照らし、三苦(※)の暗闇を消し去って、私たちを手広く厄災困難からおすくいくださいますよう)

<三苦>人の心身を悩ます三つのままならなさ(理不尽)。 寒熱・飢渇・病気などそれ自体が苦の苦苦 (くく) 、幸せが破れて苦しみに変わる壊苦 (えく) 、この世の全てをとどめて置けないことで生まれる行苦 (ぎょうく) からなる。